2016/10/30

列福式まであと100日

ユスト高山右近の列福式まであと100日。
右近の「長い忍耐がいる殉教」(列福申請書の表現)を思い起こしたい。
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2016/10/20

高山右近列福式の聖歌が決まる

列福式の聖歌が決まったとのこと。
ソースは列福式公式ゆるきゃら「う~こんどの」のfacebookページより。
聖歌隊参加者への聖歌郵送に合わせて、一般にも公開されたようだ。

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ラテン語聖歌、カトリック聖歌集の歌、典礼聖歌、外国語の聖歌。
選ばれた聖歌をみると、そのまま日本の教会の歴史をなぞるようだ。
列福者は今の時代の人のものではなく、あらゆる時代の人のものだ。
またラテン語嫌いが聖職者に多い日本の教会の事情を斟酌すると、
今回の選曲は合格点を出せると思うが、どうだろうか?

う~こんどの、関係者に感謝!
2016/10/03

高山右近列福式は天使ミサ

 高山右近列福推進委員会公式facebookによると、来年2月の高山右近の列福式はグレゴリオ聖歌による天使ミサとのこと。これは全く予想外だったので、素直にうれしいニュース。
2016/01/21

ユスト高山右近が福者に

日本のキリシタン大名の一人、ユスト高山右近が福者になることがどうやらきまったらしい。

産経
http://www.sankei.com/west/news/150703/wst1507030052-n1.html
日経
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG22H2N_S5A620C1CR0000/
読売
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160120-OYT1T50068.html?platform=hootsuite

産経のニュースが一番詳しく記事を書いている。

ユスト高山右近は殉教者として福者になるので、奇跡は不要となったが、聖人になるためには奇跡が最低一つは必要となる。奇跡が起きるためには、信者が何よりユスト高山右近にとりなしの祈りをする必要がある。ユスト高山右近の崇敬は日本の中でも、関西と金沢が中心となるだろうけれど、その地域の人々の熱心な祈りが期待される。

ユスト高山右近が与ったミサは、今日の日本語のミサと同じではない。今日、特別形式のミサと呼ばれているミサこそが400年前にユスト高山右近が与ったミサに他ならない。今週の日曜日には東京では赤羽教会と新宿の若葉修道院で特別形式のミサが行われる。ユスト高山右近の列福(福者になること)が決まった今週に、特別形式のミサに与ることは意味があることだと思う。

以下はウナ・ヴォーチェ・ジャパンのサイトからの引用(読みやすくするため、若干編集)

【特別形式歌ミサ】2016年1月24日(日)、赤羽教会(東京都北区)
【日時】平成二十八年(2016)年一月二十四日(日)
  午後2時〜 ロザリオの祈り(告解)
  午後2時20分頃~ 灌水式、特別形式の歌ミサ(七旬節の主日、二級、紫)
【場所】カトリック被昇天聖母赤羽教会(東京都北区2−1−12)
【司式司祭】モンシニョール・デビッド・リンク(米国カリフォルニア、オークランド司教区司祭、エルサレムの聖墳墓騎士修道会騎士。オークランド司教区において、ローマ典礼のミサ(通常形式及び特別形式)とメルキト・ギリシア典礼のミサを捧げられています。)

【特別形式歌ミサ】2016年1月24日(日)、若葉修道院(東京都新宿区)
【日時】平成二十八年(2016)年一月二十四日(日)
 午後1時 開場
 午後1時30分より ロザリオの祈り・告解
 午後2時頃より 灌水式、ローマ典礼の特別形式の香付き歌ミサ、聖体降福式(Benediction)
【場所】 聖パウロ修道会若葉修道院(東京都新宿区若葉1-5)
【司式司祭】 アウグスチヌス池田敏雄神父(聖パウロ修道会)
2016/01/18

天上の世界

京都での特別形式のミサは無事に終わった。
土曜日と日曜日にモンシニョールとともに過ごせたことはとても有意義であった。
今日の気づきを備忘録として残しておく。

・モンシニョール曰く、東方典礼の「Divine Liturgy」においては、神秘が強調されている。例えば、西方典礼においては聖変化は司祭が聖変化の言葉を唱えた瞬間であると理解されているが、東方典礼ではどの瞬間が聖変化なのかに関心はなく、むしろそこは敢えて曖昧な神秘として残したままにしている。

・モンシニョール曰く、東方典礼の「Divine Liturgy」において、参列者は天上に上げられていることを強調している。東方典礼において、オルガンなどの楽器を使わず、人の声だけですべての祈りを歌うのは、天使が歌声で主を賛美することを意識しているからだ。一方で西方典礼のミサでは受肉が強調されている。すなわち神が地上に体を伴ってこられたこと、すなわち聖体を強調している。

私はこれらの言葉を聞いて、神秘さを五感で感じることができるミサ聖祭こそが、まさに秘跡としてのミサ聖祭であると思った。また、ミサが天上の世界の再現であれば、ミサにおいて美しさは何より大切なことであると思った。荘厳で美しい特別形式のミサの魅力を再確認することができた2日間であった。神に感謝。
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