2012/06/18

6月17日の特別形式ミサの感想

 ウナ・ヴォーチェ・ジャパン主催の特別形式のミサに今月も参列できた。仕事の関係で、今月は無理かなと思っていたが、何とかオッフェルトリウムが終わったあたりに駆け付けることができた。静かな中でイエス様の私たちに向けられた愛を感じながら祈ることができた。今月もミサに与れたことに感謝!


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イエスのみ心のミサなので、祭服の色は白。美しい!


 今月も30名を超す人々が参列していた。懐かしい顔、新しい顔が。どの出会いも自分にとってはすばらしいのだが、特に嬉しかったのは、京都での植田神父のミサに親子で来てくれた奈良の信者さんが参列していたことだ。特別形式のミサが縁での出会いも自分にとっては、このミサの魅力の一つだと思う。小教区を超えたつながり、一つの大きなカトリック教会を体験できるからだろう。
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2012/06/17

特別形式のミサの案内(2012年6月)

若葉修道院長フランチェスコ赤波江謙一神父の寛大なる許可により

ウナ・ヴォーチェ・ジャパン主催

ローマ典礼の特別形式による歌ミサのお知らせ

イエスのみ心

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司式アウグスチヌス池田敏雄神父(聖パウロ会)

6月17日(日) 午後3時より

プログラム
2時 開場
2時半より ロザリオの祈り(ラテン語)
3時より ローマ典礼の特別形式による歌ミサ
ミサ後、ウナ・ヴォーチェ会員との懇親会があります。どなたでも歓迎します。

場所:若葉修道院(東京都新宿区若葉1-5) 地図はコチラ
最寄駅:地下鉄四ツ谷駅

By kind permission of Rev Fr Francis Kenichi Akabae,
Prior of Wakaba SSP house:

Missa Cantata
in the Extraordinary Form of the Roman rite for


External Solemnity of the Sacred Heaart

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by Fr.Augustine Toshio Ikeda,S.S.P.

Organised by the Una Voce Japan(UVJ)

Sunday 17th June,3pm

Programme:
2pm:Open
2.30pm: Rosary in Latin
3pm: Sung Mass in the Extraordinary Form of the Roman rite
Refreshments with UVJ members will follow in nearby restaurant. All people welcome.

Location: Wakaba SSP house, 1-5 Wakaba, Shinjuku-ku, Tokyo. Find location here.
Nearest underground: Yotsuya
2012/06/02

5月20日の特別形式ミサの感想

少し前の話になるが、5月20日(日)にウナ・ヴォーチェ・ジャパン主催の特別形式ミサに参列したのでその時の模様を記す。

 当日のミサは「イエスの昇天後の主日」のミサであった。少しミサの話からずれるが、暦の話をしたい。伝統的な典礼暦ではイエスの復活を祝う復活祭から40日後に、「イエスの昇天」をミサで祝う。2012年の場合、5月17日(木)がその日にあたる。何故40日目かと言えば、イエスは復活後40日間弟子たちと共に過ごされ、40日目に天に昇られたと聖書に書かれているからである。5月20日はイエスの昇天を祝った後にくる日曜日のため、「イエスの昇天後の主日」と言われる。

 話を当日のミサに戻すと、「イエスの昇天後の主日」のミサでは、イエスが地上に残る私たちに向けて語られたみ言葉が福音書や固有唱にちりばめられている。今回のミサでは聖歌隊の人数が少なかったので心配していたのだが、全くの杞憂であった。静かな聖堂にアカペラで響くゆっくりとした旋律のグレゴリオ聖歌を聴くと、イエス様が今本当に語りかけてくださるような雰囲気がして、心が大いに慰められ、深く祈ることができた。

Non vos relinquam orphanos 
あなたがたを孤児のまま残しはしない(アレルヤ唱)

Non rogo, ut tollas eos de mundo, sed ut serves eos a malo
彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪から守って下ることを祈ります(拝領唱)




 池田神父は相変わらずお元気な様子であった。説教では、イエスが聖霊を派遣することを約束されたという福音書の話から、私たちも使徒と同様にキリストは神の子であることを内的確信を持って宣教しなければならないこと、イエスを直接見聞きしない私たちのために、聖霊が遣わされ、内的確信のためのインスピレーションが与えられることをイエスは保証して下さっているということを語られた。

「安楽な道をとらずに、困難な道が示されることがあります。聖霊の勧めに私たちは自由に応じる。そういう時が人生にあります」という池田神父の言葉は、兎角仕事で忙しい、大変だ、割に合わないと思っている自分には耳に痛いなぁとしみじみ考えさせられた。


退堂
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