2013/08/27

グアム島での特別形式ミサ

今週末から休暇で太平洋のグアム島を訪れる。4月に東京・高円寺教会での特別形式ミサに参列していたグアムの信者さんにメールを送ったところ、グアム島で特別形式のミサを捧げている教会を教えてくれた。滞在期間中の日曜日は是非訪れてみよう。

教えてもらった住所を調べるとカプチン会の修道院付き礼拝堂のようだ。ミサに与る信者の顔を見ると、子どもから大人までいて、年齢・性別の偏りを感じない。日本で見かける普通の小教区の雰囲気がそこにはある。

今からこの教会を訪問するのが、楽しみだ。

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2013/08/24

秋田の聖母

 秋田の聖母について関心を高めている。先週のウナ・ヴォーチェ・ジャパンのミサで池田神父が秋田はローマから聖母出現の10の聖地の一つとして認められたという話をされていた。秋田の聖母は現代の日本の教会ではタブーのように扱われてきた。そのことを十分知っておられる池田神父が、主日のミサの説教で敢えて触れられたことに先週の日曜日は非常に驚いた。

 池田神父が教えて下さった秋田の聖母のニュースは確実なようで、新潟の菊池司教のブログにも10月12日に司教自らが徹夜の祈りを聖母が出現した秋田の聖体奉仕会の聖堂でとりおこない、その模様は衛星中継で全世界に放映されると書かれている。

 聖母の出現という現象自体に対して私は冷めた態度を取っている。秋田の聖母についても、出現した聖母マリアが秋田で行った奇蹟やメッセージに関心があるのではない。ローマという権威が聖母出現の地としての秋田、日本を認めてくれたことを喜び、神様を讃美したい気持ちににさせてくれたが故に、秋田の聖母に関心があるのだ。

 私のような態度は昔から秋田の聖母を大切にしてきた人から見れば罰当たりな態度に見えるのかもしれない。しかし、秋田の聖母へのアプローチは様々にあってもいいはずで、不信心な者がこれをきっかけに秋田の聖母を知り、祈りのうちに聖母を通じて神に至る機会となれば、天国の聖母も微笑んでくださるものと信じたい。
2013/08/15

『ナザレのイエス』を読んで

 先ごろ日本語版で名誉教皇ベネディクト16世の『ナザレのイエスⅡ 十字架と復活』を読んだ。この本を読んで、ますますミサに与りたくなったので少しこの本を紹介したい。

 ベネディクト16世のこの本の特徴は史料批判的な歴史的聖書学の視点と神学的な視点のバランスを取りながら、聖書のテクストに沿ってイエス・キリストの事跡を追い、その事跡がイエス・キリストを信仰する者にとって意味することは何かを説明していることにある。歴史学的な視点ゆえに決して確実性のない仮説によって、信仰の対象になりえない貧弱なイエス像、そんな歴史的聖書学が示すイエス像に飽き飽きしつつも、聖書に対する文献批判を全く認めない原理主義的なものの見方にもついていけない人にとってこの本は読んでためになると思う。

 この本によれば、イエス・キリストが人類に対して行ったことは、「人々に神をもたらした」ことであり、それはイエス・キリストの十字架上での死とその復活、昇天によって完成された。さらに、イエス・キリストが制定した、パンを割くこと、つまり後のミサはユダヤ教の神殿での動物犠牲を伴う神礼拝に代わる真の神礼拝であり、最初からキリスト信者達の神礼拝の場はミサであった。パンを取りながら「これは私の体である」と告げる、ミサの聖変化において、主キリストは賜の形で私たちの方に来て、「『主が来られる日まで』世界に向けて両手を大きく広げて迎え入れてくださる。」

 イエス・キリストを通した神と私たちの出会いの場としてミサ。こう考えると、特別形式のミサはまさにイエス・キリストの出会いを意識させてくれるよう巧みに作られていて感嘆するばかりだ。例えば、

・目線。司祭も会衆も視線は同じ方向を向き、神と相まみえることを助けてくれる。

・司祭の挙止動作。跪く、十字を切る、目を上げる、祈る。司祭の絶え間ない動作を見ていると、司祭は祭壇を通じて司祭とは別の人格と向き合っていることを意識させる。

・沈黙、司祭の唱える耳に聞こえない祈り。神は無口だ。神は沈黙を通して語る。この沈黙が私たちの口を閉じさせ、神の声を聴く態度を作り、私たちが内面において神と向き合える場をつくる。

 特別形式のミサの素晴らしさを語るには私の言葉は余りにも拙く、そして足りない。来週の日曜日はウナ・ヴォーチェ・ジャパンの特別形式の主日ミサが四ツ谷である。百聞は一見に如かず。是非多くの人が特別形式のミサに与り、神との出会い、癒しを分かち合いたいものだ。
2013/08/07

In montem sanctum tuum

カトリック教会の暦では、8月6日は「主のご変容の祝日」にあたる。イエス・キリストが弟子たちに自らの受難を語った後、高い山に弟子のペトロとヤコブ、ヨハネだけを連れて登り、父なる神との強いつながりの中でもつ栄光を垣間見せたというできごとを祝う日である。

今年も8月6日が巡ってきたが、このご変容を伝えるマタイ福音書(マタイ17章1-7)にある「高い山」に注目したい。聖書では山は預言者と神が出会う場所とされている。イエス自身も度々山に一人で退かれ、そこで祈られていた。神が山に預言者を連れていく理由を、私の好きな作家、パウロ・コエーリョは『第五の山』の中でエリアの語る言葉として実に分かりやすく説明してれている。

高い所にいると、私たちにはすべてのものが小さく見えるからだ。私たちのつまらぬ見栄や悲しみは、その重要性を失ってしまう。私たちが征服したものもすべて、下に残っている。山の高みから見れば、世界がいかに大きいか、地平線がいかに広いか、わかるのだ。(山川絋矢、山川亜希子訳)

山つながりでいうと、特別形式のミサのいわゆる階段祈祷で有名な詩編42で、悲しみに打ちひしがれた詩編作者は神の光とその真理が自分を神の聖なる山に(in montem sanctum tuum)導いてくれることを歌っている。

ところで日本では8月6日は広島原爆忌として知られている。この日は人類の歴史の中で忘れられてはならないだろう。だが、毎年日本のカトリック教会でこの時期、「平和旬間」として反核・反戦の活動が行われているのを見聞きするにに、何か強い違和感をもってしまう。一方でカトリック教会の反核・反戦運動を「政教分離の原則に反する」「親左翼だ」「国家には自衛権がある」等といってネット上で気炎を上げているカトリック信者達にも共感できない。それらはあまりにも地上的すぎるのだ。神と出会いに山にのぼり、その山から見下ろした時、この原爆投下という歴史上の事実を見る視点が教会の言説には欠けているし、ネットの議論も同様に皮相的なのだ。

原爆が絶対悪であるなら、何故、全能の神はそれを許したのか?原爆が絶対悪であるということを後世の我々が悟るために、神は何十万人という人が悲惨の中に突き落とす必要があったのか?神の正義とは何なのか?原爆投下の神学的な意義に正面からとりくもうとする言説は実は日本のカトリック教会ではほとんど聞かない。大昔に自身も被ばく者であった永井博士が「原爆投下による悲劇は世界大戦という人類の悪を神に贖うためであった」と正面からこの問題に向き合ったきりだ。

とはいえ私は永井博士のこの回答が正解なのかは分からない。だが、原爆投下をキリスト教徒として取り組んだその勇敢な姿勢を日本のカトリック教会は聖職者だけでなく、信者も含めてもう一度見直す必要があるように思う。原爆という悲劇をなぜ神は許されたのか?それこそが日本のカトリック教会にとっての原爆忌、8月6日なのではないだろうか。
2013/08/04

「ルーブル美術館展」の感想

 招待券をもらったので、上野の東京都美術館に家族で行き、「ルーブル美術館展」を鑑賞する。展示全体を見通して感じたのは、一つの歴史観、つまり地中海世界はギリシャ・ローマ時代に一つの頂点に達し、後はひたすら下り坂で盛り返すことはなく、政治・経済・文化の面で停滞し、遂にはアルプスの北にある地域の下におかれるようになったというものだ。実際に1500年以降、西欧がその他の社会を支配していく大きな流れがあったことは事実であり、またルーブルが近代的な美術館として整備された19世紀後半はまさに西欧の優位が確立したときであったこと、そういったことを考えた時、ルーブルの地中海世界に関する所蔵品から受ける世界観が古代ギリシャ・ローマを崇拝し、東方や中世ヨーロッパを暗黒時代とし、近代西欧を古代ローマの復興とみなすものであっても不思議ではない。しかし、こうした世界観は、栄えるアジアと自信を失った西欧の時代に生きる私たちから見ると、何か憐れみすら感じてしまう。

 ともあれ所蔵品の一つ一つは日本では本物を見ることができないものばかりなので大変見応えが合った。特に古代オリエントの神々に関する遺物、祭壇、墓碑が自分にとっては意義深かった。バアル神への感謝を捧げる碑文を見て、旧約聖書で繰り返し出てくるバアル神とはこれかと感慨深かった。
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