2013/09/30

伝統の復興

カトリックの伝統が少しずつ、しかし確実に復興していることを知って大変うれしかったので共有したい。

まず京都の北白川教会で聖体行列が復活したという素晴らしいニュースから。
当日は京都市北部の教会で構成される、洛北ブロックの聖体大会が北白川教会であり、溝部司教によるミサの後、教会の周りを聖体行列し、教会の隣にあるヴィアトール会の修道院の庭で野外の聖体賛美式が行われた。

キャノピー(天蓋)を伴った聖体行列が日本でも行われるようになったことに大変感動した。
その時の模様の写真が北白川教会のサイトにも掲載されているので、ぜひ見てほしい。

次に私の小教区である、北町教会でグレゴリオ聖歌を伴ったミサが1月1日に行われることになった。
これは主任司祭の天本神父のイニシアチブによるということ。
先の日曜日には有志がミサ後に聖歌の練習をしていたが、その歌声を聴いているだけで深い静けさを得ることができた。

カトリック教会が大切にしてきた聖体への信心、グレゴリオ聖歌が日本の教会生活の中で復興している。

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2013/09/08

9月の黙想会の感想

先の土曜日にウナ・ヴォーチェ・ジャパン主催の秋の黙想会が星美学園の修学院で開かれた。黙想会の指導司祭はボブ・ザラテ神父。「ベネディクト16世が考えていた、第二バチカン公会議後の典礼」という講話で聴いたことを中心に感想を記したい。

黙想会のボブ神父
講話中のボブ神父


第二ヴァチカン公会議の成果として、典礼憲章が最初に発表された。その理由は、司牧とはまず典礼、ミサをさしていたからだという。今日、「司牧的活動」といえば、難民救済とかホームレスへの炊き出しとかいわゆるチャリティが一番頭に思い浮かぶが、公会議が目指した新しい教会は、何よりミサを全ての活動の中心におくことであったそうだ。

第2ヴァチカン公会議に神学者として参加していたラッツィンガー神父がベネディクト16世として教皇に登位したとき、彼が典礼、とくにミサについてイニシアチブをとったのは当然であった。

ベネディクト16世にとって、典礼憲章をうけて改革されたミサは本来、神の民と定義された司祭を含むキリスト信者が神中心に神とつながるためのものであったのに、典礼憲章が不十分に解釈された結果、ミサは司祭や参列者を満足させるためのものに成り下がってしまった。

また司祭と会衆が向き合ってミサを捧げる形式は典礼憲章に根拠がないにも関わらずミサに導入されたが、その結果、ミサにおいて司祭と参列者の親密さが増えた半面、司式者としての司祭が目立つことになり、ミサの中心である神を意識することを難しくさせた。

ベネディクト16世は第2ヴァチカン公会議後のミサをあるべき形に戻すために、司祭と会衆が同じ向きでミサをささげる形式、いわゆる東面式を新しいミサに導入して、システィナ礼拝堂で自らこの形式でミサを捧げ始めた。また、第2ヴァチカン公会議前のミサの形式をローマ典礼の特別形式として再定義し、公会議前のミサと公会議後のミサのどちらも自由に司祭が捧げ、信者が与れるようにした。

ボブ神父のミサ
ボブ神父による特別形式の読誦ミサ(聖母マリアの随意ミサ)


ボブ神父の講話を聴いて、自分たちが活動しているウナ・ヴォーチェ・ジャパンの活動を振り返るいい機会になった。つまり、司祭や修道者でない一般信者がミサや黙想会を企画するウナ・ヴォーチェ・ジャパンは第2ヴァチカン公会議がなければありえない存在であり、司牧の中心であるミサにフォーカスしたウナ・ヴォーチェ・ジャパンの活動は教会の司牧的活動であり、第2ヴァチカン公会議が目指した教会の姿とブレていない。神様が与えてくれた機会に感謝し、これからも特別形式ミサの普及のために努力していく元気をもらえた気がする。
2013/09/08

グアム島訪問記

グアム島での素晴らしいミサ、出会いついて忘れないうちに記しておきたい。

グアム島は人口のほとんどがカトリック信者であるが、私が訪れたハガニアのカプチン会の修道院付き礼拝堂は伝統的ミサを毎週捧げる唯一の場所だ。カプチン会のエリック神父が5年ほど前からそれを捧げ、彼を中心として伝統的ミサに与る共同体が出来ている。
聖フィデリス修道院


聖フィデリス修道院はグアムのアガニア湾を見下ろす高台にある。スペイン様式の美しい外観。付属礼拝堂は50~60人入れば一杯になる大きさ。第2ヴァチカン公会議後に作られたにもかかわらず、東面式のミサができるよう祭壇は壁に固定されている。
聖フィデリス修道院の礼拝堂


今回のミサ参列には、グアム在住のコノリー氏が大いに助けてくれた。彼とは4月の高円寺教会での特別形式ミサで知りあった。彼は20代だが、このラテンミサのコミュニティの特徴は青年が非常に目立つことだ。9月1日の主日ミサの参列者は60人ほどだったが、高校生から30代前半までの参列者が三分の一を占める。ミサの後に彼らの一部と昼食をともにしたが、皆ラテン語ミサとエリック神父に惹かれ集まっているという。全員人懐っこく、ミサの外ではユーモアにあふれ明るい。

エリック神父は存在感のある人物だ。ミサは非常に荘厳であり、神を中心においたミサを丁寧に捧げられていると感じた。説教は一五分ほどで、伝統的なカトリックの教えに基づき、当日の書簡と福音書の内容を解説する。非常によくまとめられていて、外国人の私にも心に響くものが合った。
エリック神父と一緒


彼は教会の外でもカプチン会の修道服姿なので、レストランでも信者が挨拶やら祝福で集まってくる。彼らはエリック神父の指輪にキスをして敬意を表すのだが、信者と神父の動きが自然でありながら、大変優美でとても私には真似できるものではない。日本では教会の外でも修道服姿は大変珍しいと言ったら、「なぜ日本の修道者は修道服を教会の外で着ないのか」と逆に尋ねられ、答えに窮した。

伝統的なラテン典礼を大切にする人々に出会えたことが何より嬉しかったし、突然の訪問者を温かく迎えてくれたグアムの人々の人情にも感動した。グアムは日本から三時間半で出かけることのできる手軽なリゾート地だが、伝統的なラテン典礼に関心のある人はぜひエリック神父とそのラテン典礼の共同体を訪ねてほしい。素晴らしい発見があるはずだ。
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