2014/03/21

四旬節第二主日(2014年)

 3月16日(日)はカトリックの典礼暦では四旬節第二主日にあたった。この日の主日のミサはウナ・ヴォーチェ・ジャパンの特別形式のミサに侍者として与った。伝統的なミサではすでに先月から祭壇周りは紫色で統一されているのだが、この日のミサは喜びを控えるために、オルガン伴奏を伴わないアカペラの歌ミサであった。

 この日の参列者は50人近かった。若葉修道院の聖堂の椅子が足りなくなり、香部屋から椅子を2~3脚もってきたほどだった。西洋人の司祭も一人参列者にいた。多くの人が参列したので、池田神父も大変喜んでおられた。

 当日の福音書はマタイ福音書の、「主のご変容」の箇所が読まれた。池田神父は説教で、わたしたちはこの世に所属していないから、人生は戦いの連続だが、神は人がそれに疲れ果てないように必ず慰めを下さる、と励ましてくださった。

 来月のウナ・ヴォーチェ・ジャパンのミサは、復活の主日を祝う。この大祝日を祝うまで、まだまだ四旬節が続くわけだが、特別形式のミサに与ると心が静まり、「よしやるぞ!」という元気をもらってミサが終わる。私にとっては神様からのありがたい慰めであった。

 
スポンサーサイト
2014/03/06

灰の水曜日(2014年)

 今年の灰の水曜日は3月5日。夜19時からの神田教会でのミサと灰の儀式に親子で参列した。主任司祭の江部神父と違う司祭がミサと儀式を司式。この司祭の説教が示唆に富むものであった。

20140305 神田教会


 説教の大意はこうである。われわれは自分から生き方を複雑にし、塵だらけになって苦しんでいる。キリストの福音は神とのシンプルな関係を人間がもてるようになったということ。神とのシンプルな関係とは自分が生かされているということを神に感謝すること。だから、四旬節の始まりである今日は塵を受けることで、塵だらけの自分を思い起こし、生き方をシンプルにする方向へ歩んでいってほしい。

 息子を見ていると外の変化をそのまま受け入れ、楽しむ方法を見出すのが得意だ。ミサにデカる前から雨であったが、「雨だね」とこぼすのは親だけで、息子は水の跳ねる音が楽しく聞こえるようだ。ただ生きていることを楽しむ方法は幼児のほうが大人より優れていると思う。神とのシンプルな関係を取り戻す四旬節になりますように。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。