2011/06/11

「またあなたの霊とともに」について

 カトリック系のニュース通信社Zenit(ゼニット)英語版の名物コーナー、「典礼質問箱」からの翻訳をUPする。今回は2010年9月14日の記事から(原文はコチラ
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質問

 英語圏では会衆の挨拶が「またあなたとともに(And also with you)」から「またあなたの霊とともに(And with your spirit)」に変わらなければならなくなるようですが、信者に理解させるために神学的かつ歴史的なよい説明を探しています。なぜ霊がここでは強調されているのか。会衆もまた霊をもちあわせてはいないのか。私が入手できる典礼に関する書籍には、短い一段落以外、この問題を全く扱っていません。背景を教えていただけないでしょうか?(パプアニューギニア、クンディアワ市、H.T.さん)

回答

 よく知らている通り、聖座は挨拶、例えば「Dominus vobiscum」への返答としてラテン語で言われる「Et cum spiritu tuo」は「And with your spirit」のように常に文字通り翻訳すべきであると求め続けていました・

 世界の主要言語ではこの表現を文字通り翻訳しましたが、例外として有名なのが英語とブラジル・ポルトガル語でした。

 この短い対話形式(「主は皆さんとともに。またあなたの霊とともに」)はルツ記の2章4節とテモテへの第二の手紙4章22節から取られ、おそらくキリスト教徒はこの形式を直接シナゴーグから取ったのでしょう。、例えば、聖ヒッポリトス(100~165)の中に、キリスト教徒は非常に早い段階からこの受け答えをしていたという明確な証拠があります。

 非常に早い段階から、キリスト教徒はギリシャ人とローマ人の両方のメンタリティからは異質であるにもかかわらず、もとの表現のままでこの言い回しを保持したいう事実は今日の私たちの翻訳でこの言い回しに手を加えないままにする良い説明になります。ちょうど「アーメン」、「アレルヤ」、「ホザンナ」と言った他のヘブライ語の表現や形式を保持することで行っているように、このような方法で私たちはキリスト教の歴史的な始まりと活きたつながりを保ちます。

 「あなたとともに」という形式は慈愛の気持と、主は現存するという現実の承認を含んだ挨拶として考えられています。セム系言語の返答句「あなたの霊とともに」の文字どおりの意味は「あなたとともに」になり、ちょうど「あなたの霊」の文字どおりの意味が「あなた自身」となる通りです。だから、現在の英訳はヘブライ語の背景にたった正確な翻訳として考えてよいのでしょう。

 けれども、歴史的に言って、この形式は急速にそのユダヤ的な文脈を離れ、教父の伝統によれば、これは司教又は司祭が叙階でうける霊という意味で解釈されてきました。例えば、聖ヨハネ・クリソストモはテモテへの第二の手紙についての説教で、「あなたの霊」を留まっている聖霊と呼んでいます(II Tim. homily, 10,3. PG LXII 659 ff)。

 これより優れた祈りはないでしょう。私が出発するために悲しんではいけません。主はあなた方ともいます。彼(聖パウロ)はあなたとともにではなく、あなたの霊とともにと言っています。つまり二重の助け、聖霊の恩寵とそれを助ける神があるのです。もし聖霊の恩寵が私たちになければ、他の方法で神は私たちとともにおられません。というのも恩寵によって私たちが捨てられたのであれば、主はいかにして私たちとともにおられるのでしょうか?

 最初の聖霊降臨の日の説教(PG L. 458 ff)で、聖ヨハネ・クリソストモは返答句の「霊」という言葉の中に、司教が聖霊の力によっていけにえをささげるという事実の暗示を見ています。

 このような教父の考えは初期から「主は皆さんとともに」という挨拶が上級聖職位、つまり司教職、司祭職及び助祭職、を受けた人にのみ許されていた一つの理由になります。叙階を受けた人々にのみに典礼の挨拶を限るこの制限は現在もまだ効力を持っています。例えば、聖体拝領を伴う御言葉の祭儀又は、時課の典礼の祈りの先唱をつとめる信徒が「主は皆さんとともに」という挨拶を返答として用いることは禁止されています。

 これは信徒が聖霊に欠けているとか、典礼においては受動的に出席するものにすぎないとかを意味するものではありません。実際、司祭に対する返答を通して、会衆は主の名のもとに司祭によって治められ、このような方法で司祭の呼びかけに応える典礼的な集合体を構成しているのです。偉大なイエズス会の典礼学者であるJ.A.ユングマンは以下のように書いています。

 「あなたの霊とともに(Et cum spiritu tuo)」は司祭の仕事に対する会衆の一致の意思表示としてもっともよく理解できます。つまり、それはここにいる会衆が自分たちの代わりに行動する権威又は権力を司祭にあたえたという一致の意思表示でではなく、会衆がその指導によって統一した集団が全能の神に近付くことができる話し手として、もう一度司祭を認めたという一致の意思表示です。だから、この挨拶と返答の中に、祈り(初めの祈り)の終わりにも再び現れる同じ二重音符があります。つまり、「主は皆さんとともに(Dominus vobiscum)」は祈りの終わりの「キリストによって(per Christum)」を予期しているように見えるし、「またあなたの霊とともに(et cum spiritu tuo)」は会衆が「アーメン」として表現する同意の先触に見えるということです。(『ローマ典礼のミサ』、第1巻、365ページ)

 この短い表現に込められている躍動感を今日の私たちは捉えにくくなっていますが、新しい翻訳により、信徒の典礼における積極的な参加や位階制共同体の真の神学的な意味を強調するための素晴らしい機会が与えられることでしょう。.

以上

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(感想)
 英語圏では2010年11月の待降節から、よりラテン語規範版に忠実な翻訳となったミサ典礼書を使用している。ちなみに、ラテン語の「Et cum spiritu tuo」は世界の主要言語では以下のように翻訳されている。いずれも「spirit」を汲み取った訳になっている。

フランス語 "Et avec votre esprit."
イタリア語 "E con il tuo spirito."
スペイン語 "Y con tu espiritu."
ドイツ語  "Und mit deinem Geiste."
ロシア語  "И со духом твоим"
中国語   「也與你的心靈同在」

 日本語のミサ典礼書では該当箇所は「また司祭とともに」になっている。たしかに日本語として聞いた時に違和感を感じるものではないが、この日本語訳にはラテン語原文の面影は薄く、それ故に他の外国語の祈りとも共通点が見出しにくい。ミサの重要な会衆の応答句であるから、早く世界の流れに歩調を合わせた翻訳を日本のカトリック教会関係者に期待するところである。

 

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コメント

非公開コメント

直訳どころか・・・

これから集会祭儀が増えることを見越して「また『あなたと』ともに」に変わるという噂を聞いたことがあります。

霊どころか「司祭」の語句が無くなる可能性もあるようです・・・(-_-;)

大丈夫ですよ。。。

数年のうちに、ほぼラテン語の規範版に沿った日本語の確定版(現行は暫定版らしい)がでるようです。
「spiritu」だけではなく、3回の「mea culpa」や「Domine, non sum dignus・・・」そして叙唱前句の4つの文(日本語の現行では2つ)なども聖座のチェック(かなり厳しいみたい)対象に入っているらしいですよ。
期待しましょう♪

コメントありがとうございます

>Rick 様

本当ですか?!
嬉しいです。