2011/07/31

ミサの前の断食について

 カトリック系のニュース通信社Zenit(ゼニット)英語版の名物コーナー、「典礼質問箱」からの翻訳をUPする。今回は2011年7月5日の記事から(原文はコチラ)。

 なお、翻訳文中で引用したカトリック教会法の邦訳は公式訳でなく、英文からの拙訳である。

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質問
 私の主任司祭はミサが始まる1時間前から断食を行う習慣を送っていますが、信者には聖体拝領が始まる1時間前だけ断食しなさいと教えています。司祭には別の基準があるのでしょうか?主任司祭の同僚の司祭は信徒の規定に従っており、聖体拝領前の1時間だけ断食を行っています。主任司祭は自分の断食の習慣を続ける意向ですが、別の基準があるのか、それはどの文書によっているのかを知ることができると幸いです。教会法を見たのですが、何も見つけられませんでした。(米国インディアナ州、シェルビービル市、L.R.さん)

回答
 聖体拝領前の断食に関する現在の規定は教会法919条にあります。

1、聖体を拝領するものは、少なくとも聖体拝領の前の1時間、水と薬の場合を除く以外はいかなる食物又は飲み物を取ることを控えなければならない。

2、同じ日に2又は3回ミサ聖祭を行う司祭は、1時間の間が空いていなくても、2回目又は3回目のミサの前に食事をとっても構わない。

3、高齢者、病気を患っているもの、その者たちを看病するものは、聖体拝領に先立つ1時間の間に何かを食べていても、聖体を拝領することができる。


 ですから、教会法が司祭と信徒の間に置く唯一の区別は、複数回のミサを行う司祭のための断食を緩和することだけです。

 質問者が述べられたように、断食は聖体拝領の前であって、ミサの前ではありません。しかし、尊敬と崇敬の念から、司祭又は信徒が最低必要とされる時間を超えて断食する期間を延ばす場合、これは称賛に値する慣習です。

 一時間の断食では水以外のあらゆる飲食物について口を通じて食べる又は飲み込むことを控えます。チューインガム自体は断食を破りませんが、噛むことで出てくるジュースや甘いものを飲み込むことは断食を破ってしまいます。

 食物は口から摂取されるべきものなので、管から栄養を取る病人は断食を破りません。薬も同様です。

 聖体拝領前に断食するという決まりは長い歴史をもっていると、教皇ピウス12世は使徒的検証「クリストゥス・ドミヌス」(1953年)で述べられています。

 非常に初期の段階から、断食を行っている信者に聖体を授けるという慣習が守られていました。4世紀の終わりにかけて、多くの宗教会議はミサ聖祭を行おうとする人々に対して断食することを命じています。例えば393年にヒッポの会議はこのような命令を行っています。「祭壇の秘跡は断食を行っている者のみ行うことができる」。すぐ後の397年に、カルタゴの第三回会議ではこれと同じことが、全く同じ言葉を用いて命じられています。5世紀の初めに、この慣習は非常に普及し、歴史が深いものと呼ばれています。それ故、聖アウグスチヌスは聖体は常に断食をしている人々が受けるものであり、その上、この慣習は全世界で守られていると断言しています。

 疑いなく、この断食は非常に重要な理由に基づくものですが、そうした理由の中に、とりわけ異邦人の使徒(訳注:聖パウロ)がキリスト者の兄弟的な愛餐について嘆いた理由をあげることができます。私たちが聖体の覆いの下に隠れたイエズス・キリストを受ける時、私たちは特別な敬意の念から食物や飲み物を断つことをイエズス・キリストの至高の権威に帰さなければなりません。さらに私たちが食物をとる前にイエズスの尊い御体と御血を受けるとき、これこそ私たちの魂が養われ、聖性が増す最初の最も価値のある食物であることを私たちは明確に示すことになります。だから同じ聖アウグスチヌスはこのような警告を与えています。「秘跡に多くの栄光を帰すため、他の食物よりも前に、主の御体がキリスト者の口に入るべきであるということは聖霊を喜ばせてきました。」

 聖体に関する断食は私たちの聖なる贖い主にふさわしい名誉を与えるだけでなく、信心をもまた育てるものです。それゆえ、それは私たちの中に、善の源であり創り主であるキリストが、恩寵によって生み出すために豊かにされた私たちに切に望んだ聖性の最もためになる実りが増えることを手助けすることができます。

 ピウス12世の時代の前、聖体の断食は真夜中から始まり、水を含んでいました。これはまたミサは午前中にしか行われないことを意味していました。

 上述の憲章の中で、教皇様は断食の重要性を強調しつつ、以下のように断言されています。

「それにもかかわらず、私たちが生きている時代とその特有の諸条件は社会の習慣や日常生活の諸活動に多くの変化をもたらしたと述べられるべきでしょう。これらの中には、もし聖体の断食に関する法が過去に守られていたのと同じ方法で今日まで守られた場合、人々が聖なる神秘に加わることを妨げる深刻な困難が生まれているかもしれません。」

 ピウス12世は多くの人々が聖体拝領をすることを妨げる困難さ一部に言及しています。その中には、司祭の数が、特に宣教地において足りないことや夜勤を含む工場や事務所での現代の生活ペースがあります。教皇様はまた多くの人がミサに与れるよう特別な祝日においてミサを夕方に行うという可能性を広げることを望んでいます。

 それ故、まず教皇様は水と薬の服用はもはや断食を破らないということを確立しました。またある種の状況下において断食を緩和しました。1957年に、『サクラム・コミュニオーネム』という文書でもって、教皇様は断食を3時間とするよう法を改正しました。

 教皇パウロ6世は1964年11月に現在の規律を導入し、これが教会法919条の基本となっています。

以上
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(感想)
 ミサ前の断食は実にいい慣習だと思う。特に朝起きてから最初に口にする食べ物が聖体の場合、空腹感も助けて、聖体を肉と魂で味わうことができると自分の経験からも言うことができる。

 断食する時間が長くても、短くても、大切なのは心であることは言うまでもない。暴飲暴食をして前の晩から断食をしても、ミサの前に心を整えることには役に立たないだろう。それよりはミサのある日は食事や飲み物を敢えて少ししかとらないようにして小さな犠牲を奉げる方が私には良いように思える。
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コメント

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No title

1960年版の信徒の心得(中央協議会)には

【聖体拝領前の断食】
聖体を受ける時は、固形物ならびにアルコール飲料は3時間前、水以外の流動物は1時間前からとってはならない。水および医薬(固形・液体を問わず)はさしつかえない。

とあります。

うちの父は「3時間でも違反になるわけではないからエェやろ?」と言って全てが1時間前になっていても、これを守っていました。
そういう意味では、長くなる分には自由意志ですね。

まぁイタリアあたりではキッチリ1時間前までワインを飲まれている神父さまもいらっしゃいますが・・・(笑)
これも自由意志なのでしょう。

コメントありがとうございます

>Rick さん

お父様、いい感じに頑固親父ですね。
私はそういうタイプの人が好きです。

私は今日、断食の時間を3時間、もっと長くする必要はないと思っていますが、何故ミサ前に断食をする必要があるのかということはもっと広く考えられてもいいなぁと思っています。

私の小さい息子にミサ前の断食の説明をするのが、今から楽しみです♪