2011/12/20

クレーシュに置く幼児イエズスの像について

 カトリック系のニュース通信社Zenit(ゼニット)英語版の名物コーナー、「典礼質問箱」からの翻訳をUPする。今回は待降節にちなんだクレーシュ(キリストの降誕を再現した飾りつけのこと)に関する質問で、2007年12月4日の記事から(原文はコチラ)。
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質問
 御降誕の場面を屋外または屋内に設置する場合、幼児イエズスの御像は「初めから(ab initio)」そこに置き、クリスマスの真夜中のミサではそこに置かないという印象を持っています。この考え方を裏打ちしてくれる公文書はありますか?(ニューヨーク州ウッドサイド、M.H.さん)

回答
 私たちは慣習のある世界に住んでおり、慣習は地域によって異なります。ある選択はまた状況次第でもあります。

 公文書にはこの主題に関してほとんど言及しているものがありませんが、『民間信心業事典(Directory of Popular Piety)』の111項には以下のようなことが記されています。

 クリスマスの真夜中のミサにおいて、典礼的に主要な意味を持ち、民間信心業において強く根付いているものは、次のものが人気を博している・・・ミサの終わりに信者は幼児イエズスの像に接吻するために集まり、それから教会の中又は近くのどこかに設置されたまぐさ桶にそれを安置する。

 これは厳格な法というより司牧的な勧めではありますが、教会の中又は近くに置かれたクリスマスのまぐさ桶は公には真夜中のミサになってはじめて覆いをとるべきであることが望ましいことを示していると言えます。

 もし教会でクリスマスの前晩のミサを行うなら、12月24日の夕方にまぐさ桶を設置することも技術的にはありえます。ただこの可能性は典礼的に正しくても、信心の観点からは効果が薄いでしょう。というのはキリストの誕生を真夜中のミサと関連付ける傾向が信心にはあるからです。

 地域によってはまぐさ桶に使用する別の(普通はより大きな)像を用意する慣習もあります。信者はクリスマスの日の全てのミサの終わりに幼児イエズスの像に接吻をするために集まります。
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 典礼という環境の外で、カトリックの家庭や学校での習慣は非常に様々です。私が知っているある家庭では、まぐさ桶を居間に設置するのですが、聖家族、羊飼い、三人の賢者の像は部屋の隅に置きます。毎日、家族でそれらの像を一歩ずつ前に進ませ、クリスマスの真夜中のミサから帰ってくると、クレーシュに置きます(但し、三人の賢者は例外で、1月6日に置くようにします)。

 しかし、クリスマスの前にクレーシュを完全に設置するもっともな理由もあります。例えば、カトリック向けの店のオーナー、学校又は繁華街にある教会では忙しく往来する人にクリスマスは本当は何なのかを思い起こさせたいと思うかもしれません。

 ですから、クレーシュによって、ある歴史的な出来事の再現と、この出来事が人類と救済史において中心的で決定的な瞬間であるというキリスト教徒の信仰の証言が合わさるのです。

そのような場合、最初から幼児イエズスの像を置くことはほとんど確実といって望ましいものでしょう。空っぽのまぐさ桶を讃えるように眺めるマリア、ヨゼフ、羊飼い、三人の賢者、天使の群れの像を置くことはほとんど意味がありません。

 既に熱心なキリスト信者がクリスマスの期待からまぐさ桶を空っぽにすることを守っていますが、多くの人にとってそのシンボリズムは失われているかもしれません。その人々たちのためには、完全な御降誕の場面をよく再現することが、「冬の祭日おめでとう!(Happy Winterval)」と書かれた薄っぺらな飾りの中で、真の明かりの火を付けるものになるのでしょう。

以上
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(感想)
 アドベント・リースに並んで、カトリック信者になじみのあるクリスマスの飾り付けが、このクレーシュだろう。我が家にも小さいものだが、素焼きでできた聖家族の像があり、待降節から降誕節まで飾っている。

 幼児イエズスの御像をクレーシュに置くタイミングについては、マクナマラ神父の記事によれば、最初からクレーシュに安置していても、安置していなくても、それぞれがもつシンボリズムが失われていない限りは、意味があり、問題がないというものなのだろう。

 クリスマスまであと5日。キリストの降誕を祝福する日が待ち遠しい。
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おお!

フォームが一新されましたな!典礼暦上、新年も始まったことですし、いいかも~♪