2012/09/30

聖人たちから向上心を学び、祈る

 10月になる前に、9月15日(土)に池田敏雄神父(聖パウロ会)を招いて行った黙想会(テーマは「聖人たちから向上心を学び、祈る」)について、そこで私がメモしたことをを簡単にまとめておこう。時間をおいてメモを読み返してみると、自分の現在の関心がどこにあるのかが浮かび上がってくるので、少し恥ずかしいのだが。

 冒頭で神父はアウグスチヌスを引用しながら、人生の目標とは神に向かうことだとおっしゃった。人間は神に向かわなければ、心は決して和まない。そして人間は類人猿と違い、過去・現在・未来に心をむけ、考えることができる存在であることから、特に未来に無関心では本質的にいられない存在である。

 聖徒の交わり。その意味はすべての人は天に召されているということ、全ての人が幸せになることを神様は望まれているということ。

 ところで、キリストの教えは実は、全ての人に受け入れられるものではない。キリスト自身「この世に分裂をもたらすために来た」とおっしゃっている。聖母マリアにも老シメオンは「反対の徴・・・あなたの心は剣で貫かれる」と預言をした。聖人たちはキリストに従った人たちであるが、聖人の人生で人々の無理解や苦難、殉教があることは驚くにあたらない。キリスト自身がそうであったからだ。

 今日の日本において、キリストにつき従う道を選んでも、昔のような迫害に合うことはない。しかし、キリストに背かせるものはある。それはこの世的な幸せがあればよいという考え、神と人との縦の関係を強調せず、みな横に一列で人間同士が平和であればよいという考えがそれにあたる。聖人たちは神様との縦の関係も、横の人間同士の関係も共に重視した。
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