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2013/09/08

9月の黙想会の感想

先の土曜日にウナ・ヴォーチェ・ジャパン主催の秋の黙想会が星美学園の修学院で開かれた。黙想会の指導司祭はボブ・ザラテ神父。「ベネディクト16世が考えていた、第二バチカン公会議後の典礼」という講話で聴いたことを中心に感想を記したい。

黙想会のボブ神父
講話中のボブ神父


第二ヴァチカン公会議の成果として、典礼憲章が最初に発表された。その理由は、司牧とはまず典礼、ミサをさしていたからだという。今日、「司牧的活動」といえば、難民救済とかホームレスへの炊き出しとかいわゆるチャリティが一番頭に思い浮かぶが、公会議が目指した新しい教会は、何よりミサを全ての活動の中心におくことであったそうだ。

第2ヴァチカン公会議に神学者として参加していたラッツィンガー神父がベネディクト16世として教皇に登位したとき、彼が典礼、とくにミサについてイニシアチブをとったのは当然であった。

ベネディクト16世にとって、典礼憲章をうけて改革されたミサは本来、神の民と定義された司祭を含むキリスト信者が神中心に神とつながるためのものであったのに、典礼憲章が不十分に解釈された結果、ミサは司祭や参列者を満足させるためのものに成り下がってしまった。

また司祭と会衆が向き合ってミサを捧げる形式は典礼憲章に根拠がないにも関わらずミサに導入されたが、その結果、ミサにおいて司祭と参列者の親密さが増えた半面、司式者としての司祭が目立つことになり、ミサの中心である神を意識することを難しくさせた。

ベネディクト16世は第2ヴァチカン公会議後のミサをあるべき形に戻すために、司祭と会衆が同じ向きでミサをささげる形式、いわゆる東面式を新しいミサに導入して、システィナ礼拝堂で自らこの形式でミサを捧げ始めた。また、第2ヴァチカン公会議前のミサの形式をローマ典礼の特別形式として再定義し、公会議前のミサと公会議後のミサのどちらも自由に司祭が捧げ、信者が与れるようにした。

ボブ神父のミサ
ボブ神父による特別形式の読誦ミサ(聖母マリアの随意ミサ)


ボブ神父の講話を聴いて、自分たちが活動しているウナ・ヴォーチェ・ジャパンの活動を振り返るいい機会になった。つまり、司祭や修道者でない一般信者がミサや黙想会を企画するウナ・ヴォーチェ・ジャパンは第2ヴァチカン公会議がなければありえない存在であり、司牧の中心であるミサにフォーカスしたウナ・ヴォーチェ・ジャパンの活動は教会の司牧的活動であり、第2ヴァチカン公会議が目指した教会の姿とブレていない。神様が与えてくれた機会に感謝し、これからも特別形式ミサの普及のために努力していく元気をもらえた気がする。
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