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2013/11/04

川越で伝統を考えてみた

 三連休の初日である土曜日に川越を家族で訪れた。電車の便が良いので、自宅から川越駅まで40分ほどで到着。そこからバスで10分ほど乗ると、昔ながらの蔵造りの商家が並ぶエリアに。菓子屋横丁であれこれ買い食いしながら、古い町並みの散歩を楽しむことが出来た。

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 京都には点で古い建物が残っているが、面で残っている所はほとんどないと思う。例えば、室町のあたりをみても、江戸時代の商家の隣に、マンションが立ち風情がない。事実とは違うかもしれないが、京都で生まれ育ったものの印象ではそう思う。今回訪れた川越は京都より古い町並みの中での散策を楽しむことが出来る。

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 昔からのものが保存され、それが町の活性化に結び付くには、ハードとしての建築、町並みがあるのは勿論、ソフトとしてそれを支える技術であったり、住人の意識が必須なのだろう。特に住人の意識、つまり古い家や街並みでその場所で現代生活をおくるうえでの不便があっても、それらを愛しながら生活する気持ちが一番不可欠なように思える。そうした住人の愛着感が感じられてこそ、テーマパークで再現された古い家や街並みにはないものだから、観光客にとって大いに魅力的に映るからだ。

 翻って、ウナ・ヴォーチェの活動も考えてみた。カトリック教会における伝統の維持、促進という点で、ウナ・ヴォーチェでは特別形式のミサのソフト面、とくに聖歌であったり、侍者の技術がある程度蓄積している。またハード面において、聖堂こそ所有しないが、祭服、カリスといったものも揃ってきた。手前味噌にはなるが、会の歴史が僅か2年程度と考えれば、及第点を与えられると思う。

 ウナ・ヴォーチェの会員が伝統に従って信仰生活を続けることに愛着をもてること。これが伝統の普及という点で大切になっていくのだろう。今まではラテン語やミサの規則を追いかけるだけ、つまり伝統の保存で手一杯であった。だが、特別形式のミサを毎月1回お奉げし、それに与ることを繰り返すことで、ようやく特別形式のミサについてお奉げすることも与ることも会員にとっては余裕が見えてきたように思える。この余裕を活かすことができればと切に思う。

※川越カトリック教会

 すっかり辺りが暗くなっていたが、帰り道に川越カトリック教会の前を通ると、明かりがついていたので、聖体訪問を行った。小さな駅のような外観は立ちよりしやすい雰囲気でとても気に入った。教会入り口の玄関ホールを右に行き、扉を開くと、そこが主聖堂だ。切妻屋根からの照明が柔らかい印象の教会。全てのベンチには跪き台が設置されていて、聖堂で静かに祈ることができた。

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